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慰霊碑でベトナム人を愚弄する韓国人(1)
 『ハンギョレ21』01年04月24日号(第356号)は韓国のベトナム戦争参戦者右翼団体がベトナム人に金を与えて慰霊碑を建てるという宣撫工作を行っておきながら、「慰霊碑の文言が気に食わず気分が悪い」という理由で竣工式に参加していないというあきれ返った事態を報じている。

韓国参戦軍人たちの支援で建てられたハミ村の慰霊碑。前面に「1968年に虐殺された135人の同胞を称える」という大きい字の下に犠牲者名簿が書かれている。

 
参戦軍人たちが作ってくれたハミ村の慰霊碑「碑文内容脩正しなければ竣工式できない」
 
 クアンナム省ディエンバン県ディエンチュン社ハミ村。ポンニ・ポンノッ村から乗用車で1時間ほどかかるこの村では1968年2月25日青竜部隊の兵士によって民間人135人が虐殺されたと言う。越南参戦戦友福祉(理事長・金ムング)の会員30あまりは昨年5月2日、この地を問して現地住民たちと一緒に「慰霊碑起工式」を行った事がある。これはベトナム戦争終結後はじめてあったことだ。また慰霊碑が建てられた場所は、集団虐殺が行われたまさにその場所でもあった。越南参戦戦友福祉会は慰霊碑の建立金額2万5千ドルを手渡し、住民たちは真心からの感謝の気持で肯定的に回答した。
 それから1年がたった。工事は順調に進み、昨年11月に竣工した。乗用車が入れるように進入路を整備し、地中に散らばっている犠牲者たちの遺骨を納めて共同墓地を作ったりした。しかし完成してから6ヶ月がたっても参戦軍人たちとともに開催することになったいた竣工式は行われていない。

問題の発端は慰霊碑裏に書かれた次のような碑文内容のためだった。

「1968年旧暦1月24日、青竜部隊は狂ったように群がって来て人々を集めておいて虐殺した。村は地の赤で覆われ、砂と骨は混じりあい家は燃えた。(中略)しかしもう過去戦争の苦痛は癒されていっている。私たちに恨みを催したタイハン(大韓のベトナム語読み─引用者)はここを尋ねお詫びをした。(中略)地に埋まった魂が安らかに眠ることを祈る。」

金ムング理事長は「最初の約束を破った」と述べた。昨年9月15日、慰霊碑建立の合意にあたって「虐殺に関する碑文」は 設計図面になかったというのだ。「名称を『和解の塔』にする事にして、前面に太極旗とベトナム国旗を銅版で並べて刻む事にした」。そして後面には両国の推進委員の名前を5人ずつ彫る事にしてサインした」。彼は「住民虐殺を落ち着かせるために塔を建てたが、住民虐殺が書いてあれば気持ちがいいのか」と聞き返した。


 つまり、この韓国の右翼団体はベトナム人に金を与えて慰霊碑を立てさせ、自分たちがやらかした虐殺の悪行を稀釈しようという悪辣なたくらみをもってベトナムに行ったのだが、ベトナム人が自分たちの思い通りに癒されないといって、「気分が悪い」と罵倒しているのである。
 自分たちが押しかけていって住民虐殺しておきながら、それを指摘されるや「気分が悪い」である。いったい何のための慰霊碑なのか。虐殺の慰霊碑ではないのか。この右翼団体の韓国人の腹黒い底意が透けて見えるような事件である。

これが口さえ開けば日本に謝罪と補償を要求している正義漢・韓国人のもうひとつの姿なのである。
 
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| gimonshi | 11:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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