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吉永長生『朝鮮研究』(1)
 ベトナム戦争における韓国軍の残虐行為を扱った日本側資料は決して多くはない。これまで言及してきた亀山旭、吉沢南、そしてここで紹介する吉永長生の論著が代表的なものなのである。
 吉永長生氏の論文は『朝鮮研究』139号(1974年9・10月号)に掲載された。『朝鮮研究』という雑誌は、あの『現代コリア』・・・北朝鮮による拉致被害者の救出運動の先鋒に立つ現代コリア研究所(佐藤勝巳氏主宰)が出している雑誌『現代コリア』の前身である。
 吉永長生の論文は韓国軍のベトナム人虐殺のみを扱ったものではなく、韓国が派兵に踏み切るまでの経緯、韓国国内の世論、派兵による経済効果までを丁寧に記述していて、韓国軍のベトナム派兵を考えるにおいて必読の資料であると言えよう。

 ・・・さらに、実は、アメリカ軍自体が、すでに1966年にランド・コーポレーションをして、韓国軍の蛮行を調査させ、報告書を入手していながら、反響を恐れて極秘に付していたということを暴露し、その報告書の公表をせまった。また独自の調査を組織し、ベトナムでの直接聴取による具体的事実の系統的収集を行った。
 私にそのようなレポートの一部を手渡してくれた人の意に沿うためにも、紙数の制約上ここに多くの事例のなかから冒頭の一例だけでも訳出・紹介しておきたい。・・・(中略)

 1966年8月以降青竜部隊が駐屯していったクァンガイ市から遠くなく、国道一号線から数キロのところにあるソンロク村に住んでいたアン・ハイの証言。・・・(中略)1966年10月9日、私はたった15才の頃だったが、私の家から遠くないディエンニェン村の友達を訪ねていた。われわれは多数の軍人が徒歩で近づいてくるのをみたが、ベトナム政府軍だと思って遊び続けていた。まだ田畑に出かけていなかった大人の男たちは身をかくした。残った我々は恐れなかった。何故ならベトナム人やアメリカ人の兵隊が我々の村にやって来た時に民衆を傷つけたことはなかったから。この軍隊が韓国軍であると気づいた時には、もう隠れようとしても遅かった。

 
 アン・ハイの証言はなおも続くが、それは次回に譲る。アン・ハイの証言は虐殺の日時を明らかにしている点で非常に貴重であるし、亀山・吉沢のように伝聞や加害者側からの聴取ではないという点でいっそう重要である。

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 韓国疑問史糾明委員会では皆様からの情報をお待ちしております。「韓国軍による残虐行為を記した資料を持っている」「韓国軍の残虐行為に関する情報を見聞きした」あるいは「ベトナムで韓国兵から直接被害を受けた」「ベトナムで残虐行為に加担した」方からの情報をお待ちしています。

 gimonshi@yahoo.co.jp

 吉永南氏の調査については「吉沢南氏の調査」というカテゴリにまとめておくので参照されたい。なお吉沢南氏の調査の出処は『ベトナム戦争の記録』(大月書店、1988年)であった。お詫びして訂正させていただく。
| gimonshi | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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