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吉沢南氏の調査(6)
 吉沢南氏の調査には(ご多分に漏れず)「ベトナム人は韓国軍を慕っていた」「虐殺などなかった」などという輩が登場し、韓国軍のしでかした残虐行為を隠蔽するのに躍起となっている。

 ・・・元兵士の多くは、ベトナム民衆が韓国兵を歓迎していた、と述べている。その代表的な意見として、将校のIさんの話を紹介しよう。
 ・・・(中略)「われわれは彼らによく説明したものだ。韓国は朝鮮戦争で打撃を受けたが、いまは復興している。そこで、ベトナムの復興のために助けにきた、と。ベトナムの民衆はそれを聞いて、喜んでいた。一口に言って、ベトナムは未開の国だ。民衆の家はドロでできていて、ぼろぼろだった。前に言ったように貧富の差がはげしかった。それに住民は怠け者だった。農業を一生懸命やらないし、正午から2時までは昼寝した。商売上手のやつはいたがね」

 つまり、ベトナム人は貧乏で未開な劣等国だったから、韓国人が行って助けてやり、ベトナム人はそれを喜んでいたというものだ。韓国人は「朝鮮は貧乏で未開な劣等国だから、日本が保護してやり、朝鮮人はそれを喜んでいた」などという日本人の発言には激怒するが、自分はまったく同じことを言っているのである。未開であろうが、貧しかろうが、アメリカ人や韓国人に虐殺されたり強姦されるよりはましであろう。

 「アメリカ人よりも韓国人のほうが人気があったと思う。東洋人で、肌の色が同じだったから、違和感がなかったのだろう。また、南北に分かれているので、親しい感情をもったのだろう。それに韓国軍は対民活動をよくやった。民衆には気をくばった。100人のベトコンを捕まえられなかったとしても、ひとりの無罪の人を犠牲にするようなことをしたくなかった。韓国人は心やさしい」

 「韓国兵がアメリカ兵より嫌われていた」ことは亀山旭氏の著書で見たとおりである。(亀山旭『ベトナム戦争』[6])参照)「無罪の人を犠牲にするようなことをしたくなかった」「心やさしい」韓国人が女性の乳房を切り取ったり、勝手に捕虜を銃殺するような極悪非道の振る舞いをしていたのである。この将校はベトナム戦争の敗因を南ベトナムの腐敗ぶりに結び付けてもいる。

 「ベトナム(南ベトナム政権)はなぜ敗北してしまったのか。国民精神が腐っていた。貧しい人はますます貧しく、豊かな人はますます豊かになった。・・・(中略)農民は上の人に搾取されていた。稲は年に3回収穫できたが、それでも搾取されていたので農民は貧しかった。」

 そういう腐敗堕落した南ベトナム政権を支えるために韓国軍は派兵されたのではなかったのか。南ベトナムの腐敗とともにアメリカ兵・韓国兵の蛮行が南ベトナム民衆の民心を失わせる結果になったという点にはまったく気づいていないようである。驚くべきことに、この将校のような「南ベトナムが腐敗していたから敗北した」という「責任転嫁」は現在の韓国政府の公式見解でもあるのだ。これについては後述する。

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 韓国疑問史糾明委員会では皆様からの情報をお待ちしております。「韓国軍による残虐行為を記した資料を持っている」「韓国軍の残虐行為に関する情報を見聞きした」あるいは「ベトナムで韓国兵から直接被害を受けた」「ベトナムで残虐行為に加担した」方からの情報をお待ちしています。

 gimonshi@yahoo.co.jp
| gimonshi | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
吉沢南氏の調査(5)
 吉沢南氏が明らかにしているのは女性・子供など非戦闘員の虐殺だけではない。捕虜の虐殺もある。

 ・・・捕虜の処遇については、Hさんの別な証言がある。・・・(中略)「(捕虜を尋問したことがあるか?)大作戦のあとで、捕虜収容所に一度行ったことがある。そこで、そのひとりが悪い人(ベトコン)だったので、彼を尋問した。殺すと脅しても黙って口を割らない。決して話さない。そのことがとても不思議だった。韓国人なら自分の利益になれば、しゃべってしまうだろう。だけどベトナム人はちがう。イデオロギーがあれば沈黙かもしれない。ところが、黙って死んだほうが、まわりの人に迷惑もかけない、そう考えたのか、わびもしなければ、助けも求めずに死んでいった。なぜなのか、不思議でならない」
 「(尋問した捕虜はどうなったのか?)銃殺することになった。尋問したのが私だから、殺せと命じられた。しかし殺せなかった。ちょうど、後方にいたある分隊が、ベトコンに戦友を一人殺された復讐のために捕虜の銃殺を申し出たので、それにまかせた。ジープが来て連れていった。あとで聞いた話によると、そのベトコンは銃殺する場所に着くと、掘ってあった墓穴に自分からスタスタ歩いて入ってしまったということだ。まったく反抗しなかったそうだ。」

 最小限の司法手続きも取らず、「味方が殺されたから」という私怨で非戦闘員である女性の乳房を切り取ったり(吉沢南氏の調査[4]参照)、尋問した捕虜を銃殺するという蛮行がまかり通っていたことが分かる。韓国人の非難してやまない「日本軍の蛮行」と何らの差はない。
 吉沢南氏は韓国軍がこうした残虐行為を隠蔽するための事後工作を行っていたという証言も得ている。これは大きな成果である。

 ・・・「われわれは外国で戦争をやってきたんだ。帰国しても、帰宅はすぐには許されなかった。4日間教育させられた。精神教育だった。外国でやったことについて一切口外するな、と徹底的に教育された。

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 ブログ開設2週間目にして熱烈なる10、000アクセスありがとうございました。今後も韓国現代史の暗部を照らし出す、韓国疑問史糾明委員会の活動に熱いご支援をよろしくお願いします。
| gimonshi | 09:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
吉沢南氏の調査(4)
 吉沢南氏は韓国で行った調査についてはほとんど公表していないが、唯一の例外として『ベトナム戦争−民衆にとっての戦場』(吉川弘文館、1999年)には調査の一部を公表している。

 ・・・ベトナム戦争中、韓国軍の残虐行為については国際世論やジャーナリズムでいろいろ問題にされてきた。・・・(中略)(調査では−引用者)この点も質問した。
 Fさんは次のように語った。「戦友が殺された地域で皆殺しをやった。わが部隊がそうだった。ベトコンの捕虜も殺した。子供だって抹殺した。子供の首を切り落として、腰の横につけた(インタビューの場に居合わせた人たちが、そんな話を外国人にしないほうがよい、と言葉をはさんだので、Fさんはちょっとひるんだが、言葉をつづけた)。女の乳房をナイフで切り落とした。血の赤に乳の白がまざった。別の部隊では、もっとひどいこともあったようだ。なぜ皆殺しにするかって?夕食のときに愉快に話し合っていた戦友が、夜に待ち伏せ戦に出て、やられた。背後からやられたらしく、発見された時は、両腕、両足を刀で切り落とされ、穴の中に投げ捨てられていた。そのとき感情が爆発した。戦友が殺されたとき食べ物は喉を通らないし、笑う人などいないだろう。」
 「ベトナム人は韓国人に対して非常な恨みをもっていると私は聞いたことがある。あそこでセックスしたり、結婚したりして子供が生まれた。戦争が終わって、韓国に行きたいというベトナム人が大勢いたが、韓国は受け入れなかった。韓国政府の態度は許せない。なぜかっていうと、自分でばらまいた種は、責任もつのが当たり前ではないか!」

 自らやらかしてきた蛮行は反省せず、他の韓国人の「種付け」や韓国政府の対応は批判する・・・支離滅裂な責任回避としか言いようがない。


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| gimonshi | 08:53 | comments(1) | trackbacks(1) | pookmark |
吉沢南氏の調査(3)
 吉沢南氏はコラムで次のように述べている。

 ・・・私以上に辛かったのは、私と証言者と村人の間に立って通訳をしてくれたAさんであったろう。彼は、日本留学中に私の授業を受けたことのある韓国の若い研究者で・・・(中略)その彼が、ある生々しい証言にたじろぎ、証言の一部を通訳できないと言い出したのである。ホテルに帰ってからの二人の議論は白熱した。Aさんの複雑な心中を短い言葉ではとても表現できないが、「こうしたことはわが民族の恥です。そのことを今まで韓国の研究者がきちんの明らかにしておかなかった。そして、外国人の先生がやる、そのことが・・・」という彼の言葉は、韓国の研究者の誇りと真摯さを吐露していた。

 この通訳のAが証言の一部を通訳しなかったのは、自国がしでかした蛮行(民族の恥)が、日本(人)に知られるとまずい事になると考えたからに他ならない。平素から声高に日本の侵略を非難している彼らにすれば、こうした自国の恥は徹底して日本人の目から隠蔽しておかなければならないのだ。日本人研究者に韓国まで来られて、そうした旧悪をほじくりだされては堪らないというのがAの率直な心情だったろう。それは「誇りと真摯さ」などではない。もしAが本当に真摯であるなら「韓国の研究者の怠慢」などに責任転嫁したり、自国に不利な証言を「通訳をしない」などという姑息な行為で隠蔽したりしてはならないであろう。
 吉沢南氏は次のように述べている。

 ・・・ベトナム民衆に代わって韓国兵の加害行為を明らかにし、告発しようなどとは私は考えない。

 このような意識のためか、吉沢南氏は韓国での調査結果の大部分を公表してはいないようである。しかし、残虐行為の真相を糾明し、蛮行を糾弾するのにもとより民族など関係ない。ナチスのユダヤ人虐殺を糾弾しうるのはユダヤ人だけの特権ではなかろう。それはドイツ人を含むすべての民族において可能である。なぜなら、それは人道に対する罪だからである。ゆえに日本人が韓国人によるベトナム人虐殺を明らかにし、告発したところで何らの問題はない。
 加えて、韓国はベトナムが蛮行の責任を問わないことをいいことに、真相の隠蔽に狂奔し、「残虐行為などなかった」などと妄言を吐き、ベトナム現地に公共施設などハコモノを建築することでベトナム人の口を塞ぎ、友好ムードを作り上げようと躍起となっている。
 歴史の真実は誰の手によって糾明されようと問題にはならない。


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| gimonshi | 18:38 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
吉沢南氏の調査(2)
 韓国人によるベトナム人虐殺を調査した吉沢南氏のコラム。(1988年9月30日付け毎日新聞)

 ・・・「アメリカは実弾を提供し、日本は物を売り、韓国は血を売った」と多くの人が語った。その数は「自由と平和のためにベトナムに行った」と語った人よりも多かったし、話の内容も彼らの方が具体的で実感がこもっていた。「血を売った」という言葉に込められているのは、ドルで買われたアメリカの傭兵、という自己総括である。・・・(中略)さらに「日本は物を売り」と語っているように、ベトナム戦争における日本の役割に対する彼らの非難は痛烈なものがあった。ジャングルシューズも日本製、駐屯基地のPX(売店)に並べられている商品もほとんどが日本製、基地でのデザートに出るリンゴなどの果物も日本産。そうした事実を列挙したある人は、「日本は経済を大いに発展させました。それは日本人の努力もあったでしょうが、同時に国際的な条件、つまり戦争で日本は儲けたのです。韓国戦争(朝鮮戦争)の時もそうでした。」と指摘した。
 ベトナム戦争での特需は朝鮮特需に比較すればきわめて小さく、六〇年代後半の日本の高度経済成長の要因として過大に評価してはならない、というのが日本の学界やジャーナリズムの有力な見解だが、これに対して、彼らは戦場の実感から、戦後日本の経済成長をアジアの戦争と結びついたものとして一貫して見るのである。

 このコラムで取り上げられている日本に対する批判は韓国人が非常に好んで用いる詭弁である。日本がベトナム戦争で利益を得たのは事実であろうが、それは韓国も同様であろう。亀山旭氏の指摘によれば韓国企業は「エコノミックアニマル」として日本人以上の指弾を受けていたというし、韓国人民間人はベトナムに売春宿まで作って荒稼ぎしていたという。「日本は南ベトナムで儲けた」という韓国人の批判はこうした部分をすべて無視している場合が多いので注意が必要である。
 例えば、(イラクのクウェート侵攻による)湾岸戦争には韓国も派兵していた。これは「クウェートの戦後復興参加は派兵国を優先させる」という当時の国際情勢によるもので、韓国は復興事業に参加したいがために申し訳程度に小規模な輸送部隊を派遣するという姑息なことをやっていた。湾岸戦争終結当時、韓国のテレビニュースは「クウェートの復興事業は、わが国など派兵国が中心となって参加し、派兵しなかった日本やドイツなどは排除される見通しです」などと(うわずった口調で)しつこいくらい繰り返していた。(結局、韓国は大した復興事業に参加できなかったようであるが)戦争で利益を得るのが不当なら、復興事業参加にも反対すればよさそうなものだが、そうしたことまで考えが及ばないのか、自分に都合のいいことはほっかむりしてしまうのか、いずれにしてもダブルスタンダードである。
 ちなみに昨年の6月にイラクで韓国人労働者が現地のイスラム過激派に射殺される事件が起きたが、この韓国人だってアメリカのイラク侵攻に便乗して金儲けに行ったわけである。最近、韓国では、この韓国人の追悼祭などをやっているが、「戦争で儲けるのが悪い」なら、即刻中止すべきだろう。
 日本もベトナム戦争で儲けたかもしれないが、韓国兵のような野蛮な残虐行為はしでかしていない。「べ平連」のような市民運動も盛んであった。韓国人はこの点にもっと注目すべきである。
 吉沢南氏は別の詭弁についても紹介している。

 ・・・(ベトナム人女性の乳房をナイフで切り取ったり、子供の首を腰にぶら下げたりといった−引用者)こうした残虐行為を全面的に否定し、韓国兵は「ベトコン」を殺しはしたが、同じアジア人であるベトナム民衆を大切に保護したから、彼らからは慕われていたと主張する元派遣兵もいた。個人的な体験に限定すれば、それも一つの事実であろう。また、戦場ではそうした狂気が起こるものだという、「戦争とはそんなものだ」論をはく人もいた。

 「ベトナム民衆を大切に保護していた」「ベトナム民衆から慕われていた」などというのは大嘘である。亀山旭氏の著書によれば韓国人は(北ベトナムならいざ知らず)南ベトナムですら嫌われていたというのだ。残虐行為を否定するにとどまらず、こうした大嘘を並べる韓国人の「証言」に騙されてはならないだろう。
 また、「戦争とはそんなもの」なら、アジアでの旧日本軍による残虐行為も「戦争とはそんなもの」で片付けられるはずである。しかし大多数の韓国人は自らの非は合理化しても、日本の非は絶対に容赦しない。ここでもダブルスタンダードである。(別に日本の非を正当化しようと主張しているわけではないが)韓国人のこうした詭弁と二重性を看過してはならないだろう。

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| gimonshi | 10:39 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
吉沢南氏の調査(1)
 前でも述べたが、韓国では韓国軍におけるベトナム人虐殺はタブーになっている。これを報道することはもちろん、体系的な学術調査さえタブー視されてきた。言うまでもなく自らがしでかしてきた悪行を隠蔽するためである。
 実はこの問題に対する(おそらく初めての)学術的調査を行ったのは日本人なのである。今をさかのぼること10数年前。ソウルオリンピックが行われていた1988年のことであった。88年9月30日付け毎日新聞には「『韓国のベトナム戦争』を聞く」というコラムが掲載された。このコラムを書いたのは筑波大学助教授(当時)・吉沢南(よしざわみなみ)氏。吉沢氏は88年の夏にベトナム戦争に参戦した韓国兵からの聞き取り調査を行っている。

 ・・・私は1泊2、3千円の安宿に泊まりながら、ベトナム帰りの元韓国兵士の体験を聞いて歩いた。今や働き盛りの会社員や大学教員・職員や農民だ。南ベトナムで戦争して(2年以上の人にも会ったが、多くの人は1年)帰国した彼らは、除隊前に海外での戦闘について今後一切口外してはならない、と教育されていた。時は流れ、朴正煕時代を自由に評する雰囲気も出てきた。それにしても他国での戦闘の体験は語りづらいはずだが、予期した以上に彼らの語り口は率直だった。・・・(中略)聞き取りでのもう一つの核心は、ある元兵士の、ベトナム民衆に対する残虐行為の証言だった。女性の乳房をナイフで切り取ったり、切り落とした子供の首を腰にぶらさげたりしたことなどを彼が語りだすと、周りで聞いていた村人たちがそんなこと外国人にしゃべるべきでないと口をはさむほど、その場は緊張した。

 ベトナム帰りの韓国兵には現地で行ってきた蛮行を隠蔽するための口封じが組織的に行われていたらしい。このことを明らかにしたのは(当委員会が調査した限りでは)吉沢氏が初めてである。

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| gimonshi | 09:04 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

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